オンラインメディアの現代ビジネスに個人的に非常に共感する記事が載っていました。
北海道の釧路出身の東大大学院博士課程の男性が「都会(東京)と田舎(地方)の格差」について語っている記事です。
大きな反響があったようで、続編として反応に対する記事も書かれています。
ものすごくざっくり言えば、
- 都会に住む者と田舎に住む者の間には「貧富の格差」以上に「文化の格差」がある
- 都会にも格差はあるが、大学や高等教育を受けている人たちが視界に入る(=認識できる)範囲に存在するため選択肢として大学進学などが思いつく。
- 一方で田舎では上記のものが認識できる範囲に存在しないために、経済力や能力以前に「選択肢」として認識ができない
- 筆者が東大に進学することになったのは高校で「たまたま」選択肢に大学進学があるということを知った「偶然」によるもの
- 中学時代は筆者よりも頭の良い子達がいたが、その価値を認識できずに犯罪を犯すなどして進学できない人たちが多数いた(=進学の価値が認識できていない)
- 筆者は「偶然」恵まれた立場に置かれて、その結果都会の大学に進学できたからこそ、格差に気がつくことができたが、田舎には格差自体を認識できないまま生きている人が大勢いる
というような話です。
賛否両論があることは承知の上で申し上げると、
関西の田舎から東京に出てきたわたしとしては、このお話はすごくすごく共感するんです。
都会と田舎には「目に見えない深い溝」があって、それは田舎→都会、もしくは都会→田舎に進学や就職で移動することで「溝を超えた者」にしか認識できないものなんだと思います。
東京に出てきてからずっと感じていたモヤモヤをよくぞ言語化してくれたと思う内容です。
日を改めて当該の記事に対して思うところを書きたいと思います。

