幼い子供を持つ親として、
はあちゅうさんの妊娠については「おめでとう」という気持ちを持っていました。
でも、この絶対的にめでたいはずの妊娠というコンテンツさえ燃やしてしまうんですね。
こういうときの、やまもといちろうさんの視点はすごく好きです。
独特の憎たらしい性格に、人生経験と実務経験が重なった生暖かな視点。
https://blogos.com/article/368512/
本当に力のある人はこういう人だと思うんですよね。
現実世界の修羅場を超えて、清濁飲み合わせることもあるけれど、本当に気に入らねえことは気に入らねえと言う。
その時には、本当に世の中を変えていける具体的なアクションがとれる。つまり実務を知っている。
実行できる。
結局、世の中を変えていくのはノマドとか、インフルエンサーとかいうふわふわした人たちではなくて、
地に足ついて踏ん張りながら、地道に実務をこなしていく人。
そして、その人たちを引っ張る胆力や構想力を持った人たち何だろうなと感じます。
繰り返しだけど、ノマドとかインフルエンサーとかいうふわふわした人たちでは無い。
はあちゅうさんといい、イケハヤさんといい、
かつて私はこういう人たちのことを好きだったんです。
好きだったからこそ、今の彼らの様子が残念でなりません。
同じにしていいのかわかりませんが、安藤美冬さんとかの
「会社に属せずに生きていくぜ」というスタンスを持った人たちに憧れていましたし、
今でもそういう人たちのことを尊敬しているところがあります。
でも、残念なのです。
その中の少なく無い人たちが、ダークサイドに落ちたかのように、「カネカネカネ」言い出す様が。
残念なのです。
夢や希望を人々に与えるフリをして、実際は谷底に突き落としたりする様が。
どうしてお前たちはそうなった?
もっと、可能性を見せて欲しかったのです。
高知の山奥で桃源郷を作って、自由にのびのびしながら、人々を幸せにするサービスを作って欲しかった。
「スターを10人」出して欲しかったし、MeToo文化を本当の意味で日本に根付かせて、社会を変えて欲しかった。
でも、彼らにはできなかった。
かつて僕は彼らに期待していた。自分ができない何かを彼らが成し遂げてくれることを期待していた。
社会人になりたての僕は、エスタブリッシュメントにおもねって生きている自分とは異なって、
「ノマド」とか「インフルエンサー」という人たちがこれからの世の中を変えてくれるものだと期待していた。
それから、10年近い歳月が流れた。
かつて、ノマドと言われた人たちは、世の中を何も変えなかった。
インフルエンサーと呼ばれた人たちは、ソーシャルモンスターとまで呼ばれる存在になってしまった。
もっと、頑張って欲しかった。
10年働いてわかったけれど、この世の中を支えているのは、名もなきサラリーマンたちであるし、
この世の中を変えて行っていくのは、志を持って地道な努力を重ねている、名もなき実務家たちなのです。
「ブログ書いて世の中変えるぜ」という人たちは、結局何も変えてくれなかった。
いや、変えたのかもしれないけれど「世の中を良くする」ということを彼らからは感じなかった。
格好悪いぜ、ノマド、インフルエンサー。
世の中を良くしようぜ。名もなきサラリーマンたちの様に。